私たちはみな誰でも幸せになりたいと思っている。それでは幸せとはいったい何なのか。とても面白い話が野坂礼子さんの“あなたに奇跡を起こす笑顔の魔法”という本に載っていた。
私たちはともすれば「幸せ」と「好都合」を混同し、「好都合」を求めて走ってしまう。しかし、いくら「好都合」を追求しても、本当の幸せにはたどり着けない。それどころか結局は大変な不幸を引き寄せてしまう。なぜなら「好都合」とは、「不安」「不快」を避けるために、一時的な「快楽」を求めてしまうことだからだ。
一時的な快楽とは、おいしいレストランで食事をしたりエステに行ったり、旅行に行ったりすること。まあ要するに私たちが普段ストレス発散としてよくやること。これらはたまにだからリフレッシュできるのであり、来る日も来る日も続けると最初の新鮮な喜びはなくなり、飽きてしまう。快楽的な喜びとは、一時の幸福感を運んでくれるが、すぐに色あせてしまうものなのだ。
なぜならそれは、楽しいことをすると最初は快楽ホルモンといわれる脳内モルヒネが出て、「嬉しい」「楽しい」と感じるが、同じ状態が続くと必ずギャバという抑制物質が出てくるので飽きてしまうのだという。
するともっと楽しいことはないか、もっと刺激的なことはないかと探し回ることになる。しかも快楽とはそもそも「不安」「不快」を避けるための方法である。人間生きている限り「不安」や「不快」は避けきれるものではない。このことに気づかない限り、幸せを求めるあまり快楽を求め、快楽をさらに続けるためにお金が必要になったり嫌な仕事もしつづけざるをえなくなったりと、まさに一生ラットレースから逃れられないような状況になるのだ。まさに無間地獄?!
では本当の幸せはいったい何なのか。とても面白いのだが、人の脳は自分がやったことで人が喜んでくれた時にだけ抑制物質のギャバが出ないというのだ。その場合のみ、脳内モルヒネが出続け、喜びであふれかえる至福の境地に至るというのだ。
まるで神様が私たち人間に「人に喜びを与えるのがお前の使命だよ」と言っているみたい。なんて不思議なことなんだろう。
でもこれって考えてみると実感としてわからないだろうか。看護師であれば誰でも経験あると思うが、患者さんから感謝の言葉をもらった時、きれいごとではなく本当に涙が出るほど嬉しかったことはないだろうか。特に自分に自信がない時や落ち込んでいる時、その言葉がどれだけ自分を救ってくれるだろうか。これを考えるとあながちこの話はウソではないのだと思った。
さて、そこから考えると、人を幸せにしてあげるというのもここにヒントがあるのではないだろうか。人に優しくしてあげたり親切にしてあげる、ということももちろん大切だ。
でもそれだけでなく、何かをしてもらったら素直にその感謝の気持ちを相手に伝えることや、あなたのおかげで私も嬉しい・楽しい・助かった・元気が出たなどという言葉を相手に返すこと、相手の存在自体を肯定的に認めている態度を示すことなどがすごく重要なのではないかと思うのだ。斎藤一人さんはこのことを『自己重要感を与える』と言っていた。
「なんだ、こんな当たり前のこと」と思うかもしれないが、忙しい職場環境であったりいらいらしている時、家族などあまりにも身近な人たちには意外にこんな言葉かけができていなかったりするものなのだ。
だからほんの些細なことでもいいから感謝の気持ちを周りの人に伝えていくのだ。こんなことから人間関係は驚くほどスムーズになっていくものなのだ。
特に今の時代、自分の存在自体を肯定的に受けとめられない人が多い。私もそうだったからよくわかる。でもみんながこのように身近な人に感謝し、他人に自己重要感を与えていったら、世の中は少しずつ変わっていくかもしれない。
私たちはナースなのだ。病気の患者さんを看護するだけでなく、人々が病気にならないよう、そして幸せになれるよう手助けできる存在でありたい。そんな風に考えている私であった。
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