今日という日を感謝の気持ちを持って精一杯生きること

今日という日を感謝の気持ちを持って精一杯生きること

もう一つ忘れらないことがある。
私が看護師になって3年目のことだったろうか。
1年目にくらべ楽になり楽しくなってきたとは言え、やはり何か辛いことがあったりすると“あー辞めたい”などと言っていた時のことだった。

 

ある日違う病院で働いていたという看護師の女性が入院してきた。
私たちの病棟に入院してきた時、その女性は末期癌であり体中に転移が見られた。
ただ、外見上はそれほど弱っているようには見られず、ご本人も弱気なことなど言わず一見普通の人と変わりないように見えた。

 

しかし骨転移もしているため、自分のことは自分でできるような体力的な状況にも関わらず、足の骨の骨折が恐いためベッドから動いてはいけないと安静を強いられている状態であった。
ご本人に告知はされていた。
日々自由も奪われ、しかも未来に希望が持てない状況、いったいどのような気持ちで過ごしているのだろうか。
気軽に慰める言葉も出てこなかった。

 

そんな状況でも彼女は私たちに愚痴を言うでもなく、八つ当たりするでもなく、私のような未熟な看護師にあきれるでもなくとても温かい態度で接してくれ、穏やかに過ごしていた。
それだけでも私は彼女を尊敬に値する人だと思った。
私なら自分がその状況にあったら、いじけたり人に当たったりするだろうから。

 

そんな彼女が訴えるでもなく言ったのは、「今一番やりたいことは、看護師としてもう一度働きたい」ということだった。

 

はっきり言ってとてもショックだった。
これほど重みのある言葉はないと思った。
そしてこれを聞いて私は自分がとても甘えているということに気づいた。
なぜなら私は選択できる立場にいて、自分で生きる道を選べるにも関わらず看護師の仕事に不平不満をたらたら言っていたからだ。

 

仕事がそんなに嫌だったら看護師を辞めてしまえばいい、誰に強制されているわけでもない。
でも辞める勇気もないし本気で辞めたいわけでもなかったから辞めていないのに、そんな自分で選んだ境遇に文句を言っている。
こんな矛盾ってあるだろうかと気づいたのだ。

 

死を直前にした女性から出たこの言葉。
説教されているわけではないのに、これほど深く心に突き刺さってくる言葉はないだろう。
彼女はそんなつもりで言ったわけではないが、私は一瞬で私の矛盾や甘えをつかれた気がした。

 

この時思った。
人生は選択の連続である。
日本の今のご時世では私たちは職業の自由を始め、色々な自由をもっている。
今ここに自分がいるのは、誰に強制されたでもなく自分が選んだ道なのだ。
親に強制されたという人もいるかもしれないが、親の勧める道を選ぶというそれもまた選択なのだ。
だから、自分の人生に100%責任を持たなければいけないのだ。

 

私なんて特にそうだ。
誰に言われたでもなく勝手に自分で看護師の道を選んだのだ。
しかもわざわざ前の仕事を辞めて。
これで“辛い、厳しい、給料が安い、辞めたい”はないよな・・・。
本気でそう思うならさっさと看護師を辞めろ!って自分に言ってやりたかった。

 

自分が看護師1年目で辞めなかった理由は何か?私の病院は教育制度がしっかりしていたからある程度の年数この病院で学びたかった、辞めて次に看護師として再就職する際最低でも3年の経験がほしかった、病棟に慣れてきたら人間関係もそれほど悪くないということに気づき辞めるのが惜しくなった、他の病院に移ったらそれはそれで大変そう・・・、色々あった。

 

多くの人にとってもそうであろうが、人間は失ってみないとわからないことが多いのかもしれない。
病気になってみて初めて健康のありがたさがわかったり、家族を失ってあらためて家族の大切さをかみしめたりなど。
それと同じ様に普通に生活できることのありがたさも失って初めて実感するのだろう。

 

私はこの女性のお陰で失う前に気づくことができた。
毎日健康に働けることのありがたさ、この病院で学べるありがたさ、人生を選択できることのありがたさ、未来に希望をもてることのありがたさ。
この女性にとったらどれだけ羨ましいことばかりなのだろう。
この女性だけではない。
多くの患者さんが同じ様に思っているのかもしれない。
私たちにできることは、患者さんの看護を一生懸命やることだけではなく、日々感謝をしながら自分の人生を精一杯生きることもとても大切だと思った出来事であった。

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